人の世という山

宿命や運命の山

1秒の悪魔と1秒の天使・そのたった1秒でその後の人生が変わる!記

そのたった1秒は、悪魔でもあり天使でもある「その後の人生を変える瞬間」は、まるで宿命の審判のようである。 この世界に生きていると、実に様々な出来事に遭遇するものです。 たとえ運命が決まっているとはいえ、その「一瞬(1秒)」によって ...
人の世という山

時に人だけが「今、何のために生きているのか」を考えることがある記

時に人間は、「自分は今、何のために生きているのか」を考えることがあります。 毎日、朝目覚めると今日があり、そして生活をします。毎日忙しく慌ただしく生活している人は考えている暇などはないかもしれませんが、長い人生において何かのきっかけに...
人の世という山

自害してこの現実から体が消えても心の傷からは逃げられないと思う記

「自らを害してこの現実世界から己の体が消えても、決してその心の傷(執着心)からは逃げられるものではないと思う記」という題で今回は綴っておきたいと思います。 この広い人間世界では、何処かで毎日「生と死」が繰り返されています。生は始まりで...
人の世という山

子供を叱るためのお仕置きは必要であり、虐待とは全く別物だと想う記

近年目立ってがニュースで報道されることが多くなりましたが、昔から子供を育てる上で手を上げること(度が過ぎない)は、ごく普通な叱り方だったと思います。 悪い事をしたり、やってはいけない事をしたり、子供は善悪を判らないまま行動してしまいま...
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人生思ってもみなかった事が起きるもの「喜び過ぎず・悲しみ過ぎず」

人生は思ってもみなかった事が起きるもの。だから「喜び過ぎず・悲しみし過ぎず」 人生は何が起きるか分からなく、先の事は本当に分からないものです。ほんの明日の事さえも。 毎日ニュースを他人事として観ていますが、それにしても毎日どこかで様...
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この世で偉い人は金持ちではなく苦難に生きている人である!と思う記

毎日、ある苦難の人生記が連載されている新聞を読んでいます。その記事を読んでいると今まで自分の味わってきた様々な苦難の経験が、とても緩いものに思えてきます。 長い人生の今まで(この歳まで)生かしてもらっていますが、この新聞に掲載されるほ...
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終戦記念ドラマ1991年「未来から落ちてきた男」で叔祖父を想う記

先日、今から30年くらい前に録画保存したビデオテープを押入れから見つけました。 それは1991年の終戦記念にTVで放映された「未来から落ちてきた男」というタイムスリップドラマでした。 今回はこの懐かしの終戦記念ドラマ「未来から落ちて...
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今も強く印象に残る終戦記念タイムスリップドラマ「終わりに見た街」を想う記

今でも強く印象に残っている特別ドラマがあります。それは、太平洋戦争の終戦記念として放映されたタイムスリップ系のドラマ「終わりに見た街」というものです。 太平洋戦争の終結から60年が経過した2005年に終戦記念ドラマとして製作・放映され...
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人生は1つの旅で「自分の作ってきた旅の計画表通り」と人の世に想う

人生は1つの旅であり、「自分の作ってきた旅の計画表通り」に進んでいくものだと、この人の世に想うのです。 長い年月この世に生きていると、本当に様々な出来事が起こるものです。それは人それぞれに違い、2つとして同じものはありません。 人生...
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毎日起こる犯罪は民主的な優しい刑罰では抑制にならないと思える記!

毎日何処かしらで起こる犯罪、現代社会での「民主的な優しい刑罰」ではその抑制に足りていないのではないかと考えみたところ、今回はこの様な題で記してみようと思いました。 新聞でもネットニュースでも、毎日毎日何処かしらで何かしらの犯罪が起こっ...