
2009年(平成21年)と2011年(平成23年)に放映されていたTBS日曜劇場ドラマ「Jin 仁」は本当に最高のドラマだったと思います。当時にはまだスマホもなかった時代ですが今ではサブスクリプションでいつでも観られるようになりましたので、今年になって久々に再び観てみたのです。
第一章の始めから第二章の終わりまで何十年振りに全てもう一度一通り観ると、本当に素晴らしいシナリオと演出、そして所々にそこに人間のあるべき義と道徳の示しが濃縮されており改めて大きく感銘をさせられたのです。
そして現代の「日本の義や道徳」を失っている全ての人々へ訴えたいと思う気持ちで、今回ここに綴っておこうと思いました。

【JIN 仁】このドラマは正に熱い!見事なドラマでした。
私の様な還暦過ぎの人間が感じることでしょうけれども、最近のドラマと比べてみたらこのドラマの内容は遥かに上のものであると思います。
演じていた俳優陣も本当に見事な演出でした。まるで本物だったみたいに
南方仁も咲さん役も本当にはまり役でした。
また南方先生と坂本竜馬が本当に最高のコンビネーションの仲で面白かったんですよね~❕
全くもって脚本も全体的に良かったです!
そして尚且つ、その場面場面で流れる音楽も絶妙な雰囲気(タイミング)にピッタリで益々感動を与えるものでした!
一話一話の全話が抜け目なく良くできていました。場面場面で流れるBGMのタイミングといい、あのオープニング曲も本当にピッタリのものだったと思います。

第一章のある場面で特に心に刺さったシーンの一つ目は
志半ばで逝ってしまった緒方先生の心の言葉で
【国の為、人のための 医の道】
そのある一場面に人と魂の違いを感じさせるものがありました。
この感動の一場面 ここは見事なものでした↓
緒方先生が南方先生に未来から来たことを知った時の場面で
「たかが大阪から江戸へ来ただけで寂しがるなんて、南方先生に比べればいかほどのものか
恥ずかしい御座います。」
緒方先生が最後に南方先生に言った言葉
「皆が平らに暮らせる世をお作り下さい 人のため 道のため・・」
現代の利権の上で行っている医とはまったくもって違います。儲かるとか権力とかで南方先生や緒方先生の言っている医の道には入れないのです。
第一章の印象的良い場面その2つ目としては
坂本竜馬が南方先生に放った言葉
「南方先生には全く欲というものを感じないぜよ!」
「世のため人のため、と人はみな良い事を言っていても一皮むけば欲の塊なのに・・
先生は人ではなく、まるで仏の様みたいじゃ・・」
そしてその後に南方先生が自分に気が付いたことは
「この時分かったことは「自分にはこの世界に対して執着がない・・」
今ここにいる自分は現実的に存在するとは思っていなく、夢の中の出来事を演じているだけ
だから欲というものも湧かないのかもしれない・・」
夢の中にいると思っている自分には確かに欲や執着心がないのです。現実世界に生きているのとは異なり、お金や物が必ずしも必要というわけではないからでしょう。夢の中なのですから食べることも物欲も要らないわけです・・

そして第一章の3つ目に特に印象的に良かった場面は
第9話の江戸に火事が起きた時の章で 「火消しの心意気」を持つ浅草十番組の辰五郎親分が言っていたに対し、南方先生は、「助けられない人も沢山いるが、助けられる人まで見殺しにすることはできません!」
それが「医者の心意気です!」と親分へ叫んだ場面に 真の医者魂を感じました。
古来、人が作った医者という職人は「人の病を癒すという役割」としての存在です。たとえその時に病が治ったとしても永遠に死から逃れられるものではないのですが、延命にはなるわけです。
医者ができることは、あくまでもその時の病の苦しみを癒すということで、永遠の命を授けるわけではありません。単にその人の寿命を延ばすということに過ぎませんが、しかし寿命が延ばせることこそが生物にとって有難いことなのです。
* * *
第一章の素晴らしかったシナリオで印象に残るその4つ目として
ある日、南方先生が亡き緒方先生の墓の前で
「野風さんにお嫁に行ってもらわなければ、将来のミキは生まれないと、私は自分の勝手なことを考えてしまいました・・」
そう呟いていたのを坂本竜馬が後ろでこっそりと聞いていたことから
勝海舟先生の所へ赴いた時に問いました。
「勝先生、もし目の前にいる自分の子を助けたら代わりにもう一人の子が亡くなってしまうとしたら、先生はどうしますか?」
すると勝海舟先生は「どっちをとっても後悔することになるのだから 運の流れに任せるしかなかろうよ」と答えるのでした。
この場面は、自分の人生の場面にも身に覚えがあり、胸に突き刺さるものです。
続けて南方先生が思うことに
「私が野風さんにするこの手術で、成功・失敗にかかわらず
その後の流れがどう変わっていっても
助かるものは助かり、助からない人は助からないまま
生まれる者は生まれ、亡くなっていく人は亡くなる
この無情な時の流れはどうしようもないのかもしれない・・」
そう呟く南方先生を見て 咲さんは
「神は乗り越えられる試練しか与えません、きっとそのうち素晴らしい未来が来ます」と・・

第二章に移り、特に強く印象に残り感銘を受けた場面の一つ目は
南方先生が川越から帰る途中に寄った宿の女の子を怪我から救おうとしたが、結局救えませんでした。
どうやらその女の子が助かってしまうと、その後の未来に南方先生の存在がなかったことになるためだったという場面。
パラドックスになってしまうとすると、結局その歴史の流れは何も変えられないという定めになること。
それを思うと、後にも先にも運命の流れは決まっていて、どうしようもないということなのだろうか・・「歴史の修正力」というものによって・・
と、あえて考えさせられてしまったのでした。
つまり、我々も常に「あの時ああすれば良かったのに・・」ということを考えることがありますが、それはそうできなかった流れである定めということなのでしょう。
* * *
第二章で特に感銘を受けたシーン二つ目
竜馬と南方先生が長州へ向かう船で呟いた言葉もこれからの何かを示していた気がするのでした。
「歴史が大きく変わる前に、必ず訪れる混沌とした時代」
大政奉還から明治時代へ変わっていく際に、幕府と新政府の内紛・戊辰戦争や会津の白虎隊・函館の五稜郭など様々な出来事によって多くの犠牲が出ました。
つまりそれは、時代が大きく変わる時には多くの犠牲を伴わなければならないということなのです。故にこれから先、時代が大きく変わる時には同じことが起こるかもしれません。
そして物語もいよいよクライマックスへ入っていき、ついに坂本竜馬の最後の時が訪れます。
竜馬が最後に南方先生へ言った言葉は、人の世にあるべき理想の姿そのものだと痛感させられました。
「ワシは作れたんかのぅ。先生の様に優しくて、馬鹿正直な人間が笑って生きている国を・・」

当時このドラマを観て感動し、そして医者になったという若い人に【これから先この医の道】を期待したいものです。(欲の塊をもった医師ばかりではこのドラマのような医の魂を持つことは不可能ですから・・)
この物語を最後まで観てもう一つ痛感させられたこと
文明開化から太平洋戦争、そして近代へと技術進化によって生活がとても良くなってきましたが、
日本人の考え方や態度については、江戸時代の方が厳格な仕来たりや心構えなどがありましたが、
しかしそれによってとても律儀であり、日本の義という心を持っていたと思います。
現代の日本人は、自由になった反面、昔から続いていた日本の心を失ってしまったかのようです。

ラストの最終話
最後に南方先生が現代に戻ってきて、医療の資料を調べるところで
当時の記録に咲さんや他の先生方の痕跡そして仁友堂という名前はあったが、何故か歴史に自分の痕跡が全くなかったこと。ここには少しパラレル的違和感はありましたが、こういう形にしないと未来に不都合が出てしまうから仕方がないのかと思う反面で、しかしその微かな痕跡を何となく感じていたところも手紙に書いていて、そこはとても上手く締められてできていたと思えます。
咲さんの写真を見せてもらう中で、野風さんの娘アンジュが一緒に写っていたシーン
ここには観てきた視聴者の全員が感動の涙を目に浮かべたのではないでしょうか・・私も含め
○○先生と名前も思い出せない咲さんの手紙
橘医院の別世界のミキさんから受け取った咲さんからの手紙を読んで、ここでも涙と感動を受けなかった人はいないでしょう。
こうして、ドラマ【Jin 仁】は終わりとなりましたが、本当に素晴らしい内容で感動を世界へ与えたと思います。そして南方仁がいた幕末時代、あの6年間は決して忘れることはないでしょう。
人の「仁」という本当に素晴らしいものを教えてくれた物語でした。<大拍手!>
-完-

