
実父の1周忌と今年のお盆も過ぎて、ふと思ったことは「1年経ったが、もう既にまた何かに生まれ変わっているのだろうか?」「前回は何かの生まれ変わりだったのだろうか?」「今回ろくな事をしてこなかったから、また犬かもしれないなぁ~」等々・・
もう今では遠い子供の頃、亡きお祖母ちゃんが言っていたのを今でも覚えている↓
「クモの姿で様子を見に現れるから、俺を見つけても潰すなよ!」って、そのまたお爺さんに枕元の夢に出てきて言われたらしかった。(でも他の者が駆除しちゃったらしいけど・・)
それを聞いた子供の自分は、「虫にも生まれ変わることがあるんだ~!」と驚くのだった。
しかし、それが本当のことかどうかを確かめることはできないのも確かである・・
*今まで沢山の哲学的(精神論的)・はたまたスピチュアル的なことを記にしてきましたが、今回も暫く前に記した「人生は一滴の雫みたいなもの」や「人生は計画してきた一つの旅」「その体に生まれてきた人生」「人生は過去から繋がるあみだくじ・・」等の記事と重なる様な内容となっていると思います。(今まで様々なドキュメンタリーや記事等を拝見してきて想ったことを特に追記として綴っておくものです。)

昔から「輪廻転生した人・生まれ変わってきた人」について研究している人は世界中にいるようで、その代表はバージニア大学のイアンスティーブンソンとジムタッカー精神科医ですが、日本でも有名な大門教授、そして他にも沢山の人が本を出していますので過去に何冊か買って読んだこともあります。
近年は動画サイトでも沢山のコンテンツが観られますが、特に昔から覚えている有名な話はアメリカであった「戦闘機パイロットの生まれ変わりだった少年」でした。このエピソードはTVでも放送されたことがありますが、これがTV用の作り話ではなく本当に実際に起こったことであれば、まぎれもなく生まれ変わりは実証されているということになるでしょう!
また近年で印象的だった世界貿易センタービルのテロ事件で犠牲となってしまった男性から生まれ変わったという少年のドキュメンタリーも観たことがありますが、これもまた不思議なエピソードでした。
他にも調べると昔から沢山の話がありますが、人が何かの生まれ変わりだったとしても自分には全く前世記憶がないので、本当にそうなのかは自分では何とも言えません。

今まで知り合った人の中にも「この人は絶対に前世がインド人だったんだろう」とか「この人はきっと欧州のある小さな城のお姫様だったに違いない」とかその人物の性格や態度好み等を考えるとそんな感じに思えることがありました。(顔形も含めて)
今から20年くらい前だったと思いますが、ある人の知人の紹介で都内に住む霊能者(みたいな)方に診てもらったことがあり、その時に「だいぶ計画に慎重で時間がかかった様で、貴方はずいぶん暫くぶり(千年位)に生まれてきたみたいね」ということを言われたのを思い出しました。
その人が言った事が合っているかどうか確かめようはありませんが、「生まれ変わり」ということがあるという前提での話だったわけです。それが本当かは定かではなくとも、その人に性格的にこういう人だったと言われことには今の自分に確かに似ているという自覚があったのでした。

自分の性格や好み、苦手なことなどは自分で十分に分かってはいますが、果たして自分はいつ何のの誰の生まれ変わりなのかは具体的には分からず自らも検討も付かないままです。
祖母の話みたいに蜘蛛になって出てきた人や、人間から牛に生まれ変わってまた人間として生まれ変わるなんて話も聞いたことがある様に、必ずしも人間として生まれるとは限らないのかもしれませんが、果たしていつ何に生まれてくることを何が決めているのでしょうか・・(輪廻転生があった場合に)
よく云われるようにこの人生で他人に迷惑をかけたり苦しめたりした人は、その戒めとして必ず人間以外の動物、昆虫や植物へ罰として生まれ変わるとか・・一方で今生にて人に喜びを与え感謝をされてきた人は次の生には良い境遇に生まれて来るとか・・それは実際に逝ってみないうちはどうにも分からないことです。

毎日毎日ニュースでは詐欺や強盗の他等、悪い事件を起こして捕らえられた容疑者の姿を画面に映りますが、致し方のない立場で起こした事件は別として本当に悪義で行った事件の犯人の魂とか心とかは何処からくるのだろうと常に思うことがあります。人を苦しめたり泣かせたりする悪魔の様な心境は、もしや弱肉強食の野生の世界から来た魂の生まれ変わりなのだろうか・・と考えたりします。(野生に人が持つ善悪の理性など無いので・・)
その悪人の前世が熊や虎などの猛獣だったとしたら、自らが生きるために他人への悪行を平気で行なうのには納得してしまうものですが、しかしそれでも・みんな幼児の時は素直な心であったはずなのでその点はよく分かりませんよね・・

余談ですが、遥か昔アメリカへ旅して現地の人々とも何度かコミュニケーションしたことがありましたが、その時に「日本人とは違いアメリカ人って良い人は半端なく良くて、悪い人は半端なく悪いなぁ!」感じたのを覚えています。つまりYesかNoのどちらかはっきりとしているお国柄なので良いか悪いかのどっちかという日本人みたいな中間的曖昧な答えは無いわけです。なので、こういう国の人が逝くなったとしたら天国か地獄かのどちらかはっきりとしてるのでしょうね・・
この世界には大昔から常に悪と善の行いが人間社会で存在してきました。良いことをする人と悪いことをする人、いつの時代にも世界中の国でも必ずいるものです。
しかし所謂あの世(別次元)というものがあるとして、そこには生身の身体を持っていない精神だけのものが存在していて物質的な物がないわけで、お金も食料も持ち物もないということは詐欺も強奪も様々な犯罪も起らない平穏な世界ということになります。
昨今、世界中で幸せ度(幸福度)が高い国に北欧などがトップにランキングしているようですが、日本は1980年代からどんどんと落ちてしまって近年は50位にも入っていないようで悲しくなる程です。犯罪も毎日どこかしらで起こっていて、刑務所がいっぱいになってしまうかもと心配にもなります。(以前の事ですが、アイスランドでは警察が暇であるという話を聞いたことがありましたが・・)
善人・善行ばかりで悪もなく悪行・犯罪や戦争の無い平穏な世界では人(魂)は成長しないという理屈もありますが、無慈悲で悲惨な出来事が発生する世界を与えられなければならない程は必要ないのではとも思えるのです・・
正当な理由があって致し方なく起こした事件であれば「悪行」とはいえないとは思いますが、無慈悲の心もなく起こす犯罪には厳しい裁きを与えないと減らすことはできないのではとも思えます。いくら民主主義国家といえども、犯罪者に甘い刑になっていては全く税金の無駄使いにもなっていることですから・・(他の国、特に発展途上国などはもっと厳しい為)

どんな生き物でも生まれたらいつかは寿命を迎える時が来ます。どんなに偉くとも優秀でも裕福でも貧乏でも強くても弱くても、寿命からは逃れることはできません。そして灰になり振り出しに戻るのです。長い間懸命に今生で積み重ねてきた物質的財産も全て置いていかなければなりませんが、目には見えないけれども唯一その思い出だけは残るのです。
実際に生まれ変わり(輪廻転生)があるならば、次はいつ何処に何に生まれてくるでしょうか・・何処の何に生まれてきたいでしょうか・・
それは自分自身の心(魂)にしか分からないのでしょう・・次があるかどうかも・・
