人の世という山

宿命や運命の山

すべての寿命は無情であり、容赦なく訪れるものだと痛感させられる記

少し前のこと、午後のTVで放映された「母一人子一人の家庭にもかかわらず、我が子を独り残して無情にも逝かざる負えなかった実話」という内容のドキュメンタリー番組を観ました。とてもポジティブで頑張り屋の元気な雰囲気の若いお母さんでしたが、寿命は無...
人の世という山

「運(機会)に恵まれているのも自分の持つ実力である!」と思える記

今年になってTVで大きく報道されるようになり、日本中でもアメリカでも絶賛されているメジャーリーグの大谷選手。これだけ騒がれていれば今までメジャーリーグに関心もなかった老年の私でも、さすがに気になる人物となりました。今回はこの稀にみる人物の存...
人の世という山

人生は全て過去から繋がった「あみだくじ」みたいなものだと想う記

先日ふと、このサイトを始めた時の第一番目の記「全ての事には意味があり、全ての人生にも意味がある」という題名でスタートしたのを想い起こすことがありました。あらから既に数年が経ちましたが、今回はもう一度それを振り返りながら、新たに別記として作っ...
人の世という山

人生のどん底から再起の実話小説・映画「神様との会話」を観て思う記

1995年に出版され、アメリカはもとより多くの国で売れた小説「Conversations with God・神様との会話」は、ニール・ドナルド・ウォルシュ著者の実際の体験から書かれたものとあります。また2006年には、この第一巻の小説を映画...
昔の記憶記

「あれから10年、されど10年」を想う記・長くもあり短くもあり

あれから10年、それはあっという間でもあり・長かったと思うこともあり 、これまでの間には様々なことがあったことでしょう。この10年という歳月の中に・・。この10年、私も変わりました。生活も仕事も、知人も友人もこの10年で大きく変わりました。...
人の世という山

魂に男も女もなく「今回はその性(体)で生まれてきただけ」と思う記

少し前のことですがドラマ「麒麟が来る」を観た時のこと、主人公の明智光秀が戦で生死を彷徨っていた時、光秀の妻は(土砂降りの中)お百度参りをしながら必死に夫のことを祈っていた場面がありました。その場面を観ていた時にふと脳裏に、何故か「心・魂に男...
人の世という山

人の安楽死(尊厳死)は「非情」ではなく「情」であると悟るべきの記

この世界に生まれた人の中には、身体的に非常に厳しい状態でも「生きること」を強制させられている人たちがいます。五体満足の身体を授かっている人ではなく、自らでは動けない不自由な体でも生かされている人たち、その中には「この終わりが訪れるまで気の遠...
人の世という山

高齢者を生き長らせながらも少子高齢化を懸念するという矛盾を想う記

この地球に存在する全ての生物には「老い」という決して逃れられない「定め」があります。誕生して成長を遂げた生物にとって、次に待っているのは「老化」です。我が国、日本は「少子高齢化」が誰にでも目に見えるほど実感できるようになりました。私も還暦前...
人の世という山

平穏で過ごせていることは、むしろ「奇跡」なのかもしれないと思う記

この世の中、世界中で連日のように様々に不運な出来事が起こっています。ましてや人類は現在、驚異的なウィルスに脅かされており、いつ我が身に降りかかってくるのかも分からず大変不安に駆られている状態です。そんな大変不安な世界の中で、今日までどうにか...
人の世という山

「それでも生きていく志を持つ人たち」は、魂のレベルが違うと思う記

不運としか思えない厳しい試練を与えられ、毎日が苦しい生活になってしまっているとしても「それでも生き続けていく志を持つ人たち」は、魂のレベルが違うのだろうと思うのです。以前にも綴った記の続編の様な感じになりますが、これは厳しい世の情勢となって...
宿命や運命の山

1秒の悪魔と1秒の天使・そのたった1秒でその後の人生が変わる!記

そのたった1秒は、悪魔でもあり天使でもある「その後の人生を変える瞬間」は、まるで宿命の審判のようである。この世界に生きていると、実に様々な出来事に遭遇するものです。たとえ運命が決まっているとはいえ、その「一瞬(1秒)」によって その後の人生...
人の世という山

時に人だけが「今、何のために生きているのか」を考えることがある記

時に人間は、「自分は今、何のために生きているのか」を考えることがあります。毎日、朝目覚めると今日があり、そして生活をします。毎日忙しく慌ただしく生活している人は考えている暇などはないかもしれませんが、長い人生において何かのきっかけに遭遇した...
人の世という山

自害してこの現実から体が消えても心の傷からは逃げられないと思う記

「自らを害してこの現実世界から己の体が消えても、決してその心の傷(執着心)からは逃げられるものではないと思う記」という題で今回は綴っておきたいと思います。この広い人間世界では、何処かで毎日「生と死」が繰り返されています。生は始まりで希望とし...
人の世という山

子供を叱るためのお仕置きは必要であり、虐待とは全く別物だと想う記

近年目立ってがニュースで報道されることが多くなりましたが、昔から子供を育てる上で手を上げること(度が過ぎない)は、ごく普通な叱り方だったと思います。悪い事をしたり、やってはいけない事をしたり、子供は善悪を判らないまま行動してしまいます。そこ...
人の世という山

人生思ってもみなかった事が起きるもの「喜び過ぎず・悲しみ過ぎず」

人生は思ってもみなかった事が起きるもの。だから「喜び過ぎず・悲しみし過ぎず」人生は何が起きるか分からなく、先の事は本当に分からないものです。ほんの明日の事さえも。毎日ニュースを他人事として観ていますが、それにしても毎日どこかで様々な事が起き...