1秒の悪魔と1秒の天使・そのたった1秒でその後の人生が変わる!記




そのたった1秒は、悪魔でもあり天使でもある「その後の人生を変える瞬間」は、まるで宿命の審判のようである。

この世界に生きていると、実に様々な出来事に遭遇するものです。

たとえ運命が決まっているとはいえ、その「一瞬(1秒)」によって その後の人生の流れが大きく変わってしまうことも多くあります。

あと1秒遅かったら・・」「あと1秒早かったら・・

そんな出来事が私たちの周りには常にあるのです。

わずか1秒です。(1秒もない瞬間も含め)

そのたった1秒で人生が変わってしまうのです。

 

1秒の悪魔と1秒の天使
短くも長くもある人生には、大きく将来を決めてしまうほどの一瞬の出来事に遭遇することがあります。ほんの1秒ですが大きく人生を変えてしまう、悪魔でもあり天使でもあるわけです!
 
先日もニュースで観ましたが、「ほんの一瞬1秒違っていたら、こんな不運な事にはならなかったはずなのに・・」という不慮の事故は、考えると本当にその通りです。
高いビルの屋上から飛び降りてきた人と、たまたま下を歩いていた人とが衝突してしまい両者共に命を失う事故があります。(年間で何件もあるそうです)
しかし、その衝突は一瞬の合致であり、凄い確率だと思います。わずか1秒でも遅かったら、自分の目の前に落ちてきたわけです。また、1秒早かったら、自分のすぐ後ろに落ちてきたのです。
そしていずれも、その1秒で下に歩いていた人の人生は今もあったはずなのです。
不慮の事故と同じように、交通事故は毎日どこかで起きています。そしてそれも「一瞬1秒の差」で起きてしまったり、また「一瞬1秒の差」で起きなかったりと、そんな経験したことも多いのではないでしょうか。
 
私も過去に危なかった経験を沢山しましたが、その中でも覚えているのは「あと1秒遅かったら、大事故に繋がったこと」がありました。
私の発進させた車が僅か一瞬1秒だけ早かったために、パトカーにでも追われていたのか、横から猛スピードで来た車は衝突をのがれて通り過ぎて行きました。
ヒヤっとした瞬間でしたが、もしアクセルペダルを一瞬1秒でも遅く踏み込んでいたならば、この記(サイト)も存在していなかったでしょう。
 
車を運転する人は誰でも経験することですが、歩行者の飛び出しや自転車の飛び出しは本当に冷や汗をかかせられるものです。
しかし、冷や汗をかいたということは大事にならなかったわけであり、もう一瞬1秒早かったならば事故になっていたはずです!そして、その後の生活も大きく変わってしまうでしょう。
「一瞬1秒」の出来事は悪魔にもなり、天使にもなる一つの審判みたいにも思えます。

病気にみまわれる出来事は「一瞬1秒の差」では左右されるものではないと思いますが、事故や不慮の事故は「一瞬1秒の差」で大きく左右されてしまいます。
その僅か1秒(瞬間)によって、その後の人生が本当に変わってしまうのです。
その僅かな時間が人生を左右することがある
毎日の生活の中でも、その僅かな時間の差によって大きく人生が狂ってしまうことがあるのです。
その昔「ベンジャミンバトン・数奇な人生」という映画のシナリオに、興味深い場面があります。
ある場面が始まる時のセリフ
「時に人は行く先に不幸が待っているとしても、それに気づかずに向かってしまうものである。それが故意であれ偶然であれ、我々に避ける方法はない・・」
バレーダンサーの彼女はタクシーにひかれて足を怪我してしまい、その人生が狂ってしまった。しかし、その事故要因(きっかけ)となった何か1つでも(その時少しでも)ズレていたならばタクシーと出くわすこともなく、彼女は変わらずにダンサー人生を続けられたはずである。とその事を振り返って語ります。

 
コートを忘れて部屋に取りに戻ったことで、そのタクシーに乗り遅れた女性。寝坊して慌てて道路に出てその女性を乗せたタクシーに急ブレーキを与えてしまった男性。再び車を発進しようとしたが急にトラックが前に出てきて発進が遅れたそのタクシー。その女性客はある店でそのタクシーを待たせておき、前日に注文していた品物を取りに入ったが、品物の準備を店員が忘れて用意していなかったことでタクシーを待たせる時間がかかる。
一方、バレーダンサーの彼女は仲間との練習を終えて一緒にビルから出ようとするが、仲間の靴紐が切れてしまったことによってビルから出るのが少し遅れる。
そして、ビルから出たその瞬間、彼女は通りかかったそのタクシーにひかれてしまった。
上の様々な出来事・行動のどれか一つでも欠けてくれていれば、彼女はタクシーにひかれなかったはずである。
もし、タクシーに乗る女性がコートを忘れなかったら・・。寝坊して慌てて道路に飛び出し、その女性の乗ったタクシーに急ブレーキを与えた男性が、もし寝坊をしなかったら・・。女性が注文していた品物がきちんと用意されていたら・・。バレーダンサーの仲間の靴紐が切れなかったら・・。
 
そのどれか一つの要因が無かったならば、彼女とタクシーとの遭遇に時間が合わなかったことになります。
また、ほんの1秒の時間だけでも上の何かがズレていたらタクシーは過ぎて行ったか、急ブレーキをかけ助かっていたかもしれません。
わずか1秒だけですが、その後の人生を大きく変えてしまうわけです。
 
この話とはまた別の話ですが、僅かな瞬間によって大きな幸運を得られた出来事もあります!
 
特に分かりやすいのは、宝くじで当たる場合が考えられます。数字を選ぶタイプの宝くじではなく、予め数字が印刷されている通常のタイプの場合、配られる順番によって当たりを手にすることが違ってきます。
ずいぶん昔のことですが、高額当選をした知人の話がありました。
その知人はある時、宝くじを買うために数人並んでいる列に並ぼうとしました。しかし、千円札を財布から引き出した時に一瞬風が吹いて、その1枚のお札を数メートル飛ばされてしまいます。
拾って列に戻ろうとしましたが、先に他の一人が列に加わってしまいました。
しかしこの一瞬1秒遅れたタイミングによって、幸運当選を得られることになったのです!
 
もしあの時、一瞬1秒の風が吹かなかったら普通に並んでいたことでしょう。そして幸運は、後から並んだ他の人になっていたのかもしれません。
 
一瞬1秒でも戻ることはできない重要さ
大きな出来事を体験した人は皆「あの時もし・・だったなら」と考えるものです。幸運を得た人よりも、不運を与えられてしまった人の方がそう思うでしょう。
「もう少し遅れて出ていたなら・・」「もっと早く出ていたなら・・」その不幸な出来事には遭遇しなかったはずだということを。
「あの時」「あの瞬間」。それは既に戻ることができないことだとはいえ、後々まで強い後悔を残します。
 
先にあった出来事の様々な要因(きっかけ)は、その一つでも欠けていれば違っていたはずなのですが、逆にいえば全ての一つ一つの積み重ねによって作られることになっていた「定め」とも考えられるのです。
「一瞬1秒」は僅かな時間ですが、その僅かな瞬間が人生の重要な出来事を起こすということ、今回はこの記を綴りながら あらためて感じるものでした。
 
【わずか1秒の差、されど1秒の差】 人生が大きく変わってしまう大きな瞬間なのです。