人の世という山 まだ少し早いけど、余生を綴る 第二回 「父の存在意味」 まだ私の今生が始まる少し前、おそらく昭和30年代前半だと思われますが 押入れの奥から出てきた、まだ若者だった頃の父の一枚の色褪せたモノクロ写真。 神奈川県にて、青年になった頃のものと思われます。 今も昔も変わらないことで、青春時代の青年が憧... 2018.06.30 人の世という山昔の記憶記