命は「一滴のしずく」と 例えられるに思う記




 

私たち 命は、「一滴のしずく」と例えられると思う記

先日、何年か前のある映画を鑑賞して、この様に思いました。

私たちの命というものを例えるならば、大海の中の一滴のようだ」と・・

世の中は、本当に不思議なことが多いものです。

その昔になりますが、TV番組で木内さんという彗星探索家の体験を知りましたが

その方の話を動画サイトでもやっておりましたので、興味深く拝見させてもらい

また、著書も発行している様なので、それも拝見したことがありました。

この話は、私が見た先日の映画で訴えているテーマのものと同じ感覚のものでしたので、

今回この感じを記してみようと思いました。

没した体験をしたその方の話を纏めると、

体を離れると次元は関係なくなり時系列で表す縦から、時系列のない横で表すことが
できるという感じでしょうか。

つまり、時間と空間という概念もなくなるという意味なのだと思います。

ただし、それを感じ知ることができるのは、全体に戻る前の状態だけらしいのです。

難しい話ですが、それが今回の私が思った「大海の一滴」と云っているものです。

全体とは大海に例えられ、一滴とは私たち個々の生命に例えることができます。

「全体に戻ると、すごく頭が良くなった感じで、すべてのことが解る!」

これは、エドガーケーシーの「アカシックレコード」という話を想い出させます。

なんでも答えを出してくれるという、まるで大きな「この世の辞書」みたいな

この世のすべてが分かるという「アカシックレコード」と名ずけられていたもの。

これが、「大海」なのだと例えられます。

 

 

今まで、この3次元の世に生まれてきた全ての人の体験や知識、感覚や想いさえ

すべてが集まっている、大きな海の様な集合体

個々の誰という存在ではなく全ての集まりなので、そこに全てのことが積まれているので
しょう。

これは木内氏も語っているものですが、体を抜け出たすぐの状態を「けむり」とすれば、

けむりは、しだいに空気という全体に溶け込み、吸収されて見えなくなる

一滴の水滴も同じで、大きな水の中へ一滴たらすと、その一滴の水は全体に入って混ざり

個々の存在ではなくなってしまいます。

また、この様なことも言っていました。

善人も悪人も、嫌いな上司も好きなタレントも、加害者も愛する人もすべて、元は自分と
同じものから発生し、また元に戻ってくる。

個々の水滴の状態で、この3次元へ訪れてきている様な感じですので、隣人も友人も家族

もすべて大きな大海から垂れてきた同じ水というもの。

生まれ変わりという「輪廻転生」との考え

ここで、私も腑に落ちないことに気が付きます。

よく、生まれ変わって、前世の記憶があるという人がいます。

一滴の水滴が、大海へ戻って全体へ吸収されていった場合

個々の記憶は全体の記憶として合体してしまうのでは?

特定の前世の記憶だけ持って生まれてくることは無いはずでは?と思ってしまいます。

それでは、なぜ特定の人物の前世記憶だけを持って生まれてくる人がいるのでしょう?

全体へ吸収されてしまう前に、新しい体に入ることができたのでしょうか?

全体になってしまった後は、個々の特徴は消滅となるわけですから、人間の考える限りの

理屈としては、個別に取り出せることはないと、そういう考えが出て来ます・・。

これを記しているうちに、この点が分からなくなってしまいましたね~!

 

 

私個人的には、生まれ変わりの「輪廻転生」という考え方については、他のページにも記

している通り肯定的になってはおりますが、「大海という全体」と「個々の記憶と共に生
まれ変わり

この2つを考えた場合は、どうもつじつまが合わなくなってしまうのです。

大海に戻ることが、いわゆる成仏ということであれば、成仏できないでまだこの世に

漂っている一滴一滴である個々のしずくのものたちは、次の道を得られないのでは?

こういう疑問が出てきてしまった私が想い出したのは、随分前に霊能者という人物に話を

伺った時のことでした。「アンダーパス道に、様々な時代の霊が積まれていたのを見た」

ということを聴いた覚えがあります。

それが真実かどうかは私には判断できませんが、「思いの執着が抜ければ成仏ができる

ということも言っていましたので、成仏と言われているものは「全体に還る」という事

なのだろうと、その時も思っていました。

疑問点がズレてしまいましたが、私が思うのに「全体は個々であり、個々は全体である

たぶん、これが一番近い考えの行きつくところではなでしょうか!

これはあくまでも私の思うことですが、全ての人が前世の記憶をもって生まれてくるが、

その新しい命の一滴は前の自分ではなく、誰の前世だったともいえずの全く新たなもので

また違う物語を行いに来たということではないでしょうか。

前世の記憶は、前の一滴の部分的な跡であり、成長するにつれて上書きされ消えます・・

 

滴は全体に還り、また大海全体から抜ける

 

まるで、大きな海から蒸発して雲となり、一滴の雨になって地面や山へ落ちていき
大きな水滴の集まりへ混ざり合って、川になり再び海へと還っていくと似ています!

水は形を変えても、決して消滅することはありません。

命という一滴も、また姿形を変えても消滅することはないのだと思います。

*   *   *

*今回も、この記をここまでお付き合いいただき誠に有難う御座いました。